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宇治3日目 ③
今、3日くらい前を思い出しながらぼちぼち書いています。京都に3日滞在すると、だいぶ心が安定してくるのですが、夕方から夜にかけてが一番辛いです。何せ携帯が鳴らないと、自分の存在は要らないように思えて死にたくなってくる。なのに死ねない。誰とも話したくない。なのに人に会いたい。その時間、みんなは仕事中。そうそう電話には出られない。余計辛い。でも、気張るんです。

「よくなる、よくなる、絶対によくなってやる」

そんな私が宇治で出会った庵住様。庵住とは、いわゆる退職した尼様のこと。その方は月に3万4万くらいで生活している。実に質素。写経して、散歩して、時に私みたいな人に説教して。
その庵住様は、「とにかく食べることよ」と言いました。関西って食がかなり中心。だからあんなにパワーがあるのか、と深く納得。1日1食でもつらい私には、理解が難しい。でも、ちょっと興味深かったのは、精進料理の中に、椿の天ぷらっていうのがあるんだって。紅と白。黄色い花粉のついているところとガクは取る。で、塩水に20分に漬けて天ぷらにする。肉厚で美味しいらしい。抹茶塩でいただくとのこと。

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私はモノを描くことが好き。モノを描くことで辛さや悲しみを少しずつ乗り越えてきた。それがどうしてなのかはわからなかったが、庵住様はそのことをこう仰った。

「書くことは捨てることなの。自分のね、過去を捨てることなのよ」

そしてこうも仰った。

「行き詰ったら古典に戻ること。その椿の天ぷらもそう。四季折々の伝統を楽しむ。これが日本の文化。一番大事なのは歳時記ね」

確かに。京都は至る所に四季折々の花が飾られたり、お茶会が開かれたり、ゆとりが至る所に在る。宇治に着いた初日、私は会社の人事の方と電話したときに言った言葉。「何年ぶりかに、夕日が沈むのを見ました」、そんなことすら私はここ数年していなかったのだ。それは鬱になっても仕方ない。常にゆとりを持つこと。でもどうやったら良いの? 抹茶一杯立てて飲むだけ、それもゆとりの1つよ? と、庵住様は仰った。確かに。抹茶を立てると落ち着く。

私はIT の会社に勤めているが、とかく流れが速い。追うのが精一杯ですぐに頭が飽和してしまう。そもそも、IT は何のために生まれたのか。それは私たちを豊かにするため? 便利にするため? なのに、いつの間にかそのIT にのまれている自分がそこにいた。ツールではなく、そのツールに振り回されている自分も確かに居た。ゆとりなんてない。「追う」だけの生活。それを2年近く続けてきた。これから、抹茶茶碗を会社に持っていこう。出来れば1日一服。そうやって、自分にゆとりを持たせよう。IT に振り回されないように、そして、自分自身をしっかりコントロールするように。

■夢を持つ若者たちへ
庵住様から、夢を持つ若者たちへのメッセージ。
「今の若い人たちはかわいそう。夢がないとかね、逆に夢だけで生きていこうとかね。地に足をつけて生きるということを知らない。生きることは食べるということ。そのためにしっかり働くことよ。夢の世界を食(職)にしてはいけないの。夢で食べようとするから苦しくなる。そして気がつけば歳を取っていて、もう戻れなくなってしまってね。そんなの、哀れよ。夢だけでもだめ。仕事だけでもだめ。夢と仕事は合わせ鏡なのよ。当たり前のことだけど、改めてそれを認識すること。原点に、戻ることね」

何のために働くの? ずっと考えていた。答えがずっと出なかった。だから正直、働いていても張りがなかった。当たり前のことだけど、ようやくそれが分かった。食べていくことって、大変なんだ。生きていくって、食べることなんだ。何のために働くの? それは私が生きていくため。そのために食べなければ。身体が丈夫でなければ私が一番願っている幸せな生活は出来ない。その夢のために、まずは食べる。そして職場に復帰する。当たり前のこと、そんなの私が言わなくても当たり前のこと、だけど私にとっては目の覚めるような話しだった。

正直、まだまだ感情の起伏が激しくて明日からすぐ仕事に行く! っていうのは難しい。でも、1日でも早く戻れるように、今は少しでも食べるようにしようと。

「若いあなたがたに期待しているのよ。本当よ。だから、歩きなさい」そう優しく微笑んだ庵住様に、合掌礼をして、「ありがとうございました」そう、一言だけ言って庵を後にしました。庵を下りて川沿いに出ると、老夫婦が川べりに座って川面を眺めていました。いつか、ああなりたい。心から、思ったのです。
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帰ると、今晩が3人で食べる最後の晩御飯。
しずかおばちゃんがたくさんお料理をこしらえてくれていた。
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最後の晩、しずかおばちゃんは涙を堪えながら、小声で「かわいそうに、ほんまにかわいそうに」と繰り返しながら風呂上りの私の髪を乾かしてくれた。私の胸中は空っぽなのに頬を涙が一筋伝った。明日、私はここを発つと、ようやくそのとき実感した。そして私の3日目が終わった。
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[2007/02/10 22:42 ] | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
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