スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:-- ] | スポンサー広告
大阪最終日その2 じれんま
高くもなく低くもない、中途半端なビルが鬱蒼と立ち並ぶ町並みを抜けると、殺伐とした田んぼだらけの開けた道に出た。怖いのは分かっていた。時速90kmで飛ばす車の窓から外の景色を眺める。だんだん、口数が少なくなっていく私とは対照的に、祖父はベラベラと何かを話していた。走り去る景色の中で私の目をふと留めたものがあった。電信柱に書かれた落書き、「じれんま」とひらがなで大きく書かれていた。今の私みたいだな、と乾いた笑いが出た。顔を上げると右前方に白い塔が見えた。PL の塔だ(画像お借りします)。

そしてカーブの多いくねくねとした道に入った。あぁ、もうはっきりと分かる。「なぁなぁ、お月さんがなついてきてくれてんねんで」と窓を開けて幼い私は言った。近くに養豚場があり、その匂いが私は好きな子だった。「臭いから閉めなさい」と怒られ、渋々閉めたその窓に顔をペタリとくっ付けて月を眺めていた。はっきり、覚えている。祖父はそんな私に構わず、まだ何かを話している。「うん、うん。そやな、そやな」と適当に上の空で返事をしながら、私の真横にいる幼い私と話していた。「なぁ、ここ覚えてる?」 と尋ねる幼い私に、「身体がね、覚えてるんよ」と返す。その曲がりくねった道が北尾峠という名称だということを、今日、初めて知った。

峠を抜けると町に出た。あぁ、もうしっかりと分かる。この先にグラウンドがあって、そう、ほらね。ここだ。黄土色の屋根の小さな家。道路に面した裏庭にゆすら梅の木がある。きれいな濃い紅色でひっそりとまだ、生きていた(携帯で撮ったので画像が荒いが)。
20070211215149.jpg


誰かが住んでいる。表札には知らない人の名前がかかっていた。否、既にリフォームされてすっかり変わっていた。隣の家の表札を見ると同じ名前になっていることに気がつき、ようやく状況を理解した。祖父は、「納得したか?」と聞いたが、何一つ納得は出来ず、結局、古傷を抉るだけとなった。

そばに石川という川がある。よくそこで祖父と遊んだ。いまやすっかり舗装されてきれいになっているが、昔は石ころだらけの川だった。
20070211215229.jpg


帰りはぱらぱらと雨が降っていたが、雲の切れ間から光が差し、その光の先には真っ白のPL の塔が聳えていた。やたら美しく、触れてはいけないものの美しさがそこにあった。いやな過去は忘れよう。人は忘れることで生きていける。忘れることで、更に前に進めることもあるのだ。今はこの抉られたような胸の感覚も、いつかは忘れ、懐かしさになり、そして優しいものとなるのだろう。それでも今の今は、どうしようもなく胸が締め付けられ、結局、自分のルーツは知れないまま、堺へ戻った。戻る道中、ものすごく後ろ髪引かれる思いがした。「行かないで」 、子供の声が聞こえた。子供の頃にざるにたくさん入れたゆすら梅、食べきれないほど取ったのに、余ったゆすら梅はどうなったのだろう。結婚を約束していた斜め前の男の子は今、どうしているのだろう。断片的な欠けている素敵な記憶、それを胸の一番奥に鍵を掛けてしまっておこう。そのために先ず、過去を捨てるのだ。そのために書いたのだ。軽くなろう。どんな血が流れていても、私は私なのだ。私自身を見失わないように、ただ、それだけを考えればよい。世の中には、触れなくて、知らなくても良いこともあるのだと、身をもって知った日。
スポンサーサイト
[2007/02/11 22:27 ] | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
<<堪えられない。 | ホーム | 大阪最終日その1 じれんま>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。