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三姉妹の理
長女の薫子と次女の美智子は、三女の雪子を大層可愛がった。薫子は酷く厳しいものの
「これからは女子もひとりで生きていけるように成らんとね」
そう云いつつも雪子には甘い。次女、美智子はいつも笑顔で薫子に怒られて、縁側でべそをかく雪子を宥めすかした。
「どうしてねーねは雪子に冷たいの? 雪子のこと、嫌いなんやわあ」 そう云ってまた大きな口を開けて泣き叫ぶ雪子の口に、袖口から飴玉一つを取り出し、美智子はその口中にほりこんだ。
「ほら、甘い甘い。涙もどこか飛んで行くきになあ。ほんに、雪子は泣き虫や」
そう云いながら雪子の背後に回り、自分の髪に差してあったつげ櫛を手に取り、ぼさぼさの雪子の髪をゆっくりと溶かした。
「雪子ちゃん、あんたも女の子なんやから。少しは身だしなみを整えなさいな。これじゃあお嫁に一生行かれへんどころか、一生、この家におらなあかんえ」
と優しく云う美智子に、
「みちねーねもねーねも鏡台があんのんに、うちだけないやんか。うちはどうでもええ子やねんな。うちは嫁なんか行くもんか! ずっとこの家に居ついたる! 」
そう叫んで裏庭にある山桜桃(ゆすら)の木の下に走っていった。

その翌日の薫子は格段に優しかった。
「ねーね、なんかええことあったんか? 」
と雪子はにたにたと笑みを浮かべながら聞くと、少し困ったような顔で笑いながら、薫子は
「そうねえ。雪ちゃんにはこんな経験はして欲しいないわ」
と答えた。そして自分の部屋に雪子を呼び、
「今日からこの鏡台は、あんたの部屋に移すえ。あとで清二さんに頼んで運んでもらいましょ」
と悲しそうに答えた。廊下の角ですすり泣くみちねーねの声が聞こえた。

その晩のこと。まだ肌寒い春先の夜、厠へ行くにも幼い雪子には大変な決心だった。意を決して半纏を引き寄せ、小走りに厠へ向かう途中、裏庭から美智子の声が聞こえた。決して大きな声ではなかったが、十分に会話は聞き取れる声だった。
「なんでなん? 薫姉が犠牲になる必要ないやんか。いくら家は旧家とは言え、時代はもう変わってるんよ? この家を残したかて、ハナ婆様かってあとどれほど生きれることやら……」
「それでも、私が嫁ぐことで、あんたも後が楽になるのよ。大学かて行ける。雪子も中学校、高校、まだまだお金がかかるんよ。私が嫁げばええだけの話しや」
「それとこれとは別やん。私らのために薫姉が犠牲になるんはおかしいわ」
「あら、そんなことあらんで。清二さん、なかなか二枚目やしなあ」
薫子は声を震わせながら、精一杯笑って見せた。その光景を見ながら雪子は、
「けんかやったら明日したらええのんに。子供の様な姉たちを持ってうちは大変やわあ」
と、大人びた口調で独り言を云い、厠へ向かった。一ヵ月後、薫子は大層立派なお宅のご子息と結納を交わす。聞けば、京の老舗呉服屋の次男らしい。薫子、二十九の誕生日のことだった。

夏、薫子の嫁ぐ日の朝、雪子は笊に裏庭で取ったたくさんの朝露残る山桜桃の実を取り、薫子に渡した。薫子は優しく微笑み、ありがとう、と答えた。そして薫子は、きっと美智子を睨み付け低く、よく通る声でこう言った。
「これからは、あんたが雪子を守るんやで。それがこの家に生まれた姉妹の理や」
美智子は泣きながら無言で頷き、続いて薫子は雪子にこう云った。
「雪子ちゃん、もうねーねは他所の人間なんよ。あんたのねーねはみちねーねだけやと思いなさい」
そう云ってくるりと背を向け、迎えの車に乗り込んだ。小刻みに肩が震えていたが、それが何を意図するのかは、まだ十にも成らぬ雪子には、到底理解出来なかった。ただ、見上げた美智子の瞳からはたくさんの涙が零れ落ちているのに、やけに落ち着いた瞳をしていて、何かを決意した顔だった。

その五年後、美智子二十六の時に宇治市街の和菓子屋へ嫁ぎ、雪子は十五になった。今日は珍しく三人姉妹が揃って夏芝居でも行こうと薫子も美智子も今方の実家に帰ってきていた。雪子は相変わらず庭を走り回るやんちゃな娘っぷりで、
「縁談なんぞ、こっちからお断りや」
そう云うと、げぇと吐く真似を見せてまた山桜桃の木の下へ飛び出していった。近所の奥方からの雪子の評判は頗る悪く、ただでさえ嫁ぐのが遅い今方家の評判に、雪子の傍若無人っぷりが輪をかけていた。
「ほんにねえ、あの家の子たちは。上二人はおとなしいのに、雪子はんだけどうしてあんな子に育つんでしょう」
「もしかして、種付けの時に間違えて他人さんの種をいただいたんとちゃいまっしゃろか」
「あれ木下さん、そんなこと真昼間っから恥ずかしいこと。でも、あの雪ちゃんは冬生まれやからねえ。無い話しでもない……、いやおそろしい。おそろしい。もしそれ、ほんまやったらあそこのお宅は早めにお二人揃って何も知らんと上へ逝かれて良かったなあ」
「そやからあれやん。今にも逝きそうな婆さんしかおらんから、薫子ちゃんなんてまあみてみいな。あないな歳までひとりでばあさんと美智子ちゃんと雪子ちゃんの面倒看て。そうやって思うと不憫やわあ。実の妹とちゃうかもしれんのんになあ」
「でも、女で一つのこのご時世、どうやってあれだけの人数を養ったんやろか」
「そりゃあ、あれだけの見てくれだったらねえ、そりゃあねえ」
その瞬間、路地から雪子が箒を振り上げやってきた。
「黙って聞いてりゃこのくそばばあども! ねーねの悪口を言うやつらは誰だってこのあたしが許さない! 」
そう言いながら雪子は喚きながら箒で三軒先の木下と山木の奥方を殴り殴った。騒ぎを聞きつけた薫子が飛び出して来、未だ感情止まぬ雪子を美智子がなんとか屋内に連れ戻した。が、美智子は屋内に入ると、
「雪ちゃん、ようやったな」
と云って、笑って頭を撫でた。しばらくすると玄関がぴしゃりと閉まる音が聞こえ、床を摺り足で歩く音が聞こえた。ゆっくりと障子を開け、白地に杜若(カキツバタ)の絵柄着物を着た薫子がすうと、雪子の前に正座した。

「雪ちゃん、ねーねの顔見なさい」
怒られると知っている雪子は顔を上げれない。美智子が雪子を庇おうと、
「姉さん、堪忍したってえな。姉さんを庇ってのことやき」
と雪子の前に手を出したが、その手をぴしゃりと跳ね除けて、
「雪子!」
と軽く怒鳴った。今までどんなに怒られてもこんなに怖い薫子を、雪子は見たことがなかった。恐る恐る両目をきつく結んで、顔を上げる。ゆっくりと右目から左目と目を開けて薫子を見る。
「あんたももう大人や。いいか。よう聞きなさい。ここは田舎や。『あ』と云ったら『いうえお』までついてくるような田舎や。雪子、あんたはこれからの女や。支度金を用意するよってにな、あんた、東京へ行きなさい」
「何を云うの、姉さん。この宇治田原を出たことがないこの子が、宇治市内すら行かれへんこの子が東京なんて、あぁ……」
美智子はそう云ってその場にへたれこんだ。
「妹を命がけで守るのが、この姉妹の理。そしてまた、姉を命がけで守るのもこの姉妹の理や。雪ちゃん、これからの女は強くならなあかん。どんなに辛ろうても、苦しくても、泣いたらあかん。泣くのは、嬉しいときだけや。あんたは、この三人の中で一番強い。こんな田舎で終わったらあかん。東京へ、行きなさい」
最早、芝居どころではなくなった。
「ちょっと待ってえな、姉さん。ハナ婆はどうするんね。ひとりで寝起きも出来んねんで? 」
「私が引き取ります。うちは幸い次男やし、家だけは広いやろ。部屋も仰山余ってるねん。使用人かて余ってるくらいや。何も心配なんてあらへん。雪ちゃん、東京、行くか、行かんか。今、決めなさい」
雪子の目は既に答えていた。
「うち、行く。東京行く。東京行って、有名になったんねん。ほんでな、今方 雪子の名前を日本中に知らしめたんねん」

今方雪子、十五の夏のことだった。山桜桃の花は散り、まもなくあの真っ赤な愛くるしい実をつけようとする夕暮れのこと。後にこの今方雪子は日本を代表する女性文豪に成ろうとは、恐らく、長女の薫子しか知らなかったであろう。
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[2007/02/25 15:04 ] | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
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