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山に、登る。
K に、
「去年、富士山に忘れてきてしまった自分を取りに行く」
といったら、
「自分を忘れてくることはない、いままでも、いまもお前はお前だ」
そういわれた。
それに反発したわけではない。
ただ、行きたい場所に行った、それだけだった。

いま、私は谷川岳の山中にいる。
もしかすると富士山よりも難しい登山かもしれないのに、
財布と携帯電話、左手には500mlペットボトル1本持っただけという格好だ。
最も、登るつもりなどさらさらなかったからこそ、この軽装。
登る予定なら、こうは行かなかったし、結果もまた違ったものだったと思う。

登山ではない、これは、崖登りだと気がついたのは、
歩き始めて1時間半後のことだった。

ただ、前を歩くその人が差し出す手を、素直に握り返し、
一歩、また一歩とひたすら前だけを見て歩いた。
(あれ? これどっかで見た光景……)

木陰もない、ガードもない、富士山よりも道は厳しい。

「下りるために、登るんさ」


横山秀夫のクライマーズ・ハイの中で、出てきたセリフである。
無心で登った。
いろんな思いを抱えて登り始めた。
でも、気がつけば、無心で登っていた。
いつの間にか中腹を過ぎ、登りに差し掛かろうとしていた。

▼参考:これよりひどい▼
9786194.jpg

「ここは、先に登るから」
さすがの私も、これにはツレのいうことを聞いた。
(これもどっかで見たような……)

歩き始め当初に抱いていた煩悩が、1つずつ、消えていく(というより余裕がなくなる)感じがした。
いま、私ができることは、その差し出された手を握り返し、
動かぬ足を前に出すだけなのだ。

いつのまにか森を抜け、いよいよ山頂が見えてきた。
山頂から帰ってくる登山者は私たちを見て目を剥いた。

「あなたたち、そんな恰好で来たの?」
「ここからまだ、1時間半はあるわよ」

でも、私たちに戻る選択肢などなく、
「ただ、上に行く」という共通目的でひたすら登った。

熊笹の草原を抜け、灼熱の太陽を浴びながら、
汗だくで「ざんげ岩」というポイントまで辿り着く。

雲は横一筋に越後まで連なり、風はまるで撫でるように優しく吹く。
あとは、無音だ。
まるで壁に掛けられた絵の中に入ったような気分になる。

ふたりとも疲労は出ていたが、目を合わせて共通目標を再確認しあった。
そしたまたゆっくりと、歩き始める。
今度はツレが後ろに回り、私のペースで歩き始めた。

身体は疲れきっていたのに、こころは軽くなって行くのがよく分かった。

「下りるために、登るんさ」


たくさん抱えていた疑問の中で、この言葉の意味だけが解せぬまま、
私は山頂に着いた。
Image630.jpg

景色の感動よりも、ここにいま、自分がいることの感動のほうが勝った。
達成感。
山頂の風が、とても優しく包んでくれた。
(同時に虫もわらわらいた)

来た道を、ゆっくりと用心深く帰る。
すでに私の右ひざは悲鳴をあげていた。
(これもどこかで……)

振り返ることなく来た道を、今度は少しずつ、振り返りながら下る。
こころは、軽いままだった。

ざんげ岩を通り、熊笹の草原を抜け、再び崖道に着く。
(これを登ったの? 私が?)
口をぽかんと開けていたら、
「先に下りるから」
そういってツレが先に崖を下りた。
続いて私も下りる。
足下は見えないけれど、つま先の感覚でどこに足を乗せればよいかが分かる。
ツレは下で落下に備えてスタンバイをしている。
行きは真新しかったバイクブーツが、砂埃と岩で削られてぼろぼろになっていた。
無事に崖を下りてへ垂れこむ私に
「見て」
といま下りてきた背後の崖をツレが指さした。
「同じ崖でも行くときと、帰るときとで見える景色も選ぶ足場も違うんだね」
そのツレのことばで、私の抱えていた疑問が少し、飛んで行った。

「下るために、登るんさ」


その意味が、少し、理解できた気がした。

日本一遭難者が多いという事実を知ったのは、下山後のことだった。
「谷川岳は独立峯。アルプスでもなんとか山脈でもないの。どこにも属してないのよ」
登山クラブの初老の女性が教えてくれた。
凛として、人を寄せ付けたくないといわんばかりのその絶壁は、
確かに「山」ではなく、「岳」だった。

多くのものを失い、ICU を出たばかりのこの身体では
無理極まりない行為だった。
登る気なんてなかった。
流れに任せた結果、私は山頂まで行き、そして下山できた。
流れを無理に作っていたなら、その結末もまた、違ったものになっていたと思う。

今日も多くの登山客が、あの山の頂を目指して列を作る。
彼らもまた、下るために、登りに行くのだろう。
胸にずっしりと溜まった何かを抱えて。


Image629.jpg

※谷川岳は登山上級者用の山です。初心者の方は服装、体調に十分注意してください。


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[2008/09/13 19:41 ] | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
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