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【帰省4】 法曹界へ行く
「有紀ちゃん、やってみたら?」
「お金ぐっと安なんねん」
「でも、生活していかれへんわけではないんやろ?」

就職のことで相談したのは、母ではなく、祖母だった。
学校も満足に出ていない祖母は、いまだに読み書きの練習をしている。
その祖母は、母が働いていたので、私が幼い頃は、
朝7時に起床し、幼稚園へ送り、帰ってきたら一緒に買い物、
夕方1時間昼寝をし、5時には小料理屋の店を開き、
夕飯を作り、店を1時か2時に閉め、3時に寝る。

そんな生活が随分長く続いた。

祖母は自分でも、
「ようやったなぁ」
といっている。

私はばあちゃん子で、祖母によく似ている。
勝気な人で、ちょっとでも
「いじめられてん」
なんていったら、小学校にすっとんでいった。
生きる知恵が豊富で、私は年を重ねるごとに祖母の大きさを痛感する。

法曹界へ決めたのは、内定が出たからというのがまずあるわけだが、
最初はオフィスが30階以上で山が見えるからというのが理由だった。
でも、自分が失業者になってみて、初めて見えたものがあった。
自分の想像以上に失業者が多いこと。
自分の想像以上に不景気なこと。
そのしわ寄せが、いままで頑張ってきた人たちに来ていること。

「困っている方のお役に立てれば」なんて、ことばにすると、
軽いけれど、本当にそう思った。

大阪に帰った時に、祖母が
「この家売ったら、老人ホームの頭金くらいになるからな、
あとは月々20万くらいやって。頼むな」
と笑いながらいっていた。

祖母は72歳。
いまだ店を続けていて、客といっても1週間に1人来るか来ないか、
それでも店を続けている。

「緊張感がないとあかんねん、人間な」

そういいながら、祖母は店支度をする。

法律事務所なら、全国各地にあるし、いうほど残業もないだろう。
私は、もし祖父が先に逝くことになり、その時独り身だったら、
大阪の家で祖母と暮らしたいと思う。
祖母のためではなく、自分が祖母のそばにいたいのだ。

私の失業中、祖母は店を潰して私に何か事業をさせようかとも思っていたようだ。

「あかんかったら、帰ってきたらえぇ」

そのことばの意味を、初めて知った。

厳格な人だった。
自分ができなかった分、教養を身につけさそうと必死だった。
結局、何の教養も身につけられない不肖の孫となってしまったが、
これから、少しでも孝行ができれば、そう思う。

明日から、新しい仕事が始まる。
不安は多い。
業界も違う。
それでも、ただ、やっていくのみだ。

見えなかったものが少し見えたいまだからこそ、
拾える声もある気がする。
その声を、私は拾ってあげられる、そういう職員になりたい。
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[2009/08/16 15:04 ] | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
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