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幸福論。
幸せの頂点から、不幸せの頂点へ。
相反するようだけど、1日でこの2つを経験する。
なかなかおもしろい。

悪いとは言わない。
良いとも言わない。

「幸せってなんだろなー。」
ガヤの低い声が頭の中の奥の方で聞こえてきた。

「なんだろねー。」
続いて私も声に出してみた。

自分にとって幸せ、とは何なのか。
子供の頃は別段幸せが何なのかなんて考えたこともなかった。
走っているだけでも楽しかった。
今は、楽しい時に走りたくなる。
だから、昔は走るのが楽しかった。
単純な自発行為が、幸せ、楽しいという感情に直結していたのだ。
それが今は、受身の幸せになっている。
何かをしてもらったから幸せ。
何かを言ってもらったから嬉しい。
だから、幸せが減ったのかもしれない。

成長するにつれて、期待されることから期待することに変わる。
それと同時に、幸せの定義も変わったのかもしれない。


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[2006/12/21 21:33 ] | 未分類 | コメント(2) | トラックバック(0)
<<未練。 | ホーム | 私の不幸>>
コメント
幸せと不幸を一気に体験する日は、なかなかない。
幸せって自分から掴みに行くものなのか
それとも待っているものなのか。
歳を重ねるごとに、受身になっていく。
そうかもしれない。
でも、自分から幸せを掴みに行かずして
誰かから何かを与えてもらえるなんてことあるのだろうか。
自分から幸せを手に入れるために行動して、
そこで初めて、相手からも何かを与えてもらえるのではないのだろうか。
ただ何かを与えてもらおうなんて都合が良い。
こっちが本気にならないと、幸せだって向こうからやってはこないと思う。
[2006/12/23 15:01]| URL | けわいし #- [ 編集 ]
>ガヤ
 ねぇ、ガヤ?
 あのね、うん。
 私も、ガヤの言う通りだと思う。
 本気になって、良かった。
[2006/12/25 11:19]| URL | u-na #- [ 編集 ]
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